大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3046号 判決
第一 主文
一、被告両名は各自原告に対し、一、〇六〇、一九七円およびこれに対する昭和四〇年七月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。
四、この判決一項はかりに執行することができる。
第二 原告の申立て
被告両名は各自原告に対し、五、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。との判決ならびに仮執行の宣言。
第三争いのない事実
一、交通事故発生
とき 昭和三八年二月八日午前一時一〇分ごろ
ところ 大阪市束区内平野町二丁目二一番地先
事故車 普通乗用自動車(大五か六六一七号)
運転者 被告黒田
受傷者 原告
態様 被告黒田が時速約四〇キロメートルの速度で北進中、進路前方約二〇メートルの地点に右から左へ道路を横断中の原告を認め、時速約一〇キロメートルに減速して原告の後方を通過せんとしたが、原告が一、二歩後退したため、自動車左前部を原告に接触転倒させた。
二、事故車の運行供用
被告会社はタクシー会社であり、被告黒田はその運転手としてであつて、事故車は被告会社の所有であり(以下これを被告車という)、かつ被告黒田は被告会社のタクシー業務に従事中本件事故を起こした。
第四争点
(原告の主張)
一、被告両名の責任原因
(1) 被告会社(自賠法三条)
(2) 被告黒田(民法七〇九条)
横断中の歩行者は車両の進行に気づかず、横断を続けまたは後退する等の行動にでることも予測できるのであるから、自動車運転者たる被告黒田としては、原告の動静を充分に注視するはもちろん、即時減速徐行のうえ同人の附近に充分の間隔を保つて進行すべき注意義務があるにも拘らず、これを怠り、時速約一〇キロメートルに減速したものの、同人の後方約三〇センチメートルの地点を通過せんとした過失により、本件事故を起こしたものである。
二、原告の損害
(1) 受傷部位、程度
左膝関節顆間隆起骨折等の傷害を受け、入院一ケ月一二日、通院一年一ケ月一〇日の加療をしたが、現在変形性関節症の後遺症があり、階段の昇降の場合など左膝の屈伸が不自由で、力を入れると関節部分に猛烈な痛みを感じ、なお通院加療を必要とし、補助杖を使用してかろうじて歩行可能な状態である。
(2) 数額 合計 九、八九三、六〇五円
(イ) 療養費 計 八七、四八二円
A大阪掖済会病院入院および治療費 五一、二八〇円
B右入院中付添婦日当等 三〇、八八〇円
C右暖房費 四二〇円
D右湯わかし等荒物購入費 七七〇円
E本田接骨療院治療費 一、二〇〇円
F大阪大学医学部附属病院レントゲン代 七八六円
G右ギブス代等 二、一四六円
(ロ) 逸失利益 計 六、八〇六、一二三円
A昭和三八年二月八日から翌三九年五月一二日まで休職分 二三七、七六五円
原告は本件事故当時東洋科学産業株式会社に勤務し、昭和三八年一月以前三ケ月間に得た給料の平均は一ケ月三五、四〇四円であつたが、右の期間欠勤中の給料は一ケ月一九、五五三円であつたので、その差額一ケ月一五、八五一円の一五ケ月分を失つた。
B昭和四一年三月二一日から二〇年間の分 六、五六八、三五八円
原告は前記後遺症のため、勤務先での就労ができなくなり、昭和四一年三月二〇日をもつて右会社を退職したが、当時年令四三才で月収五〇、四〇〇円、就労可能年数は二〇年であつた。退職後は川間工業株式会社に勤務し、月収一〇、〇〇〇円を得ているので、結局一ケ月四〇、四〇〇円の減収となり、この将来にわたる減収総額を五年目ごとに中間利息を控除するホフマン法により算出した。
(ハ) 慰謝料 三、〇〇〇、〇〇〇円
A前記後遺症の存在。
B昭和三九年六月前記東洋科学に復職後、昭和四〇年一一月同社総務課長待遇で将来を嘱望されていたが、後遺症のため退職を余儀なくされた。
C後遺症による労働能力減退のため、今後は正常な通勤業務に従事することは不可能となり、現在わずかに経営コンサルタントとして自己の健康状態と見合わせて、前記川間工業に非常勤の身で生計を立てている。今後の就職の見通しは立ちがたく、暗たんたる気持である。
(ニ) 遅延損害金
本訴状送達後の昭和四〇年七月二八日から支払いずみまで年五分。
三、本訴請求
前記損害のうち五、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右遅延損害金。
(被告らの主張)
一、被告黒田の無過失と原告の過失
被告黒田は、原告が右から左に横断し被告車左前部から約一メートル左まで立ち至つたのを認め、安全であることを確認して進行を続けたところ、原告が急に後退してきたのであり、このような所作は通常あり得べからざることで、自動車運転者としての注意義務をもつてしても、まつたく予見しがたいことである。いわんや深夜のことであたりは暗く原告の姿を見てわずかの間に酔つているかどうかの判断は至難のわざであるから、被告黒田に対し、一応原告を泥酔者とみて事故発生防止上方全の措置をとるべきであるとして、すでに被告車の進路を通り過ぎた原告が後退することを予見し、即時停車の措置を要求することは不当である。
したがつて、本件事故は原告の左記過失により発生したもので、被告黒田に運転上の過失はなかつた。
(イ)当時かなり酔つて車道上を歩行していた。
(ロ)信号を無視して横断禁止場所を横断していた(事故現場南約九メートルのところに横断歩道が設けられていた)。
(ハ)被告車を認めながらその接近を無視したか、附近の交通状況に注意していなかつたかのいずれかである。
二、過失相殺すべき事案である。
第五証拠〔略〕
第六争点に対する判断
一、被告両名の責任原因
(1) 被告会社(自賠法三条)
(2) 被告黒田(民法七〇九条)
乙二号証の一〇ないし一四、二四、二七、二八、三三、被告黒田本人尋問の結果によるとつぎの事実が認められる。
(イ)本件事故現場は幅員約一六メートルのアスフアルトで舗装された南北車道上であり、すぐ南に内平野町二丁目交差点がある。同交差点には東西南北に横断歩道が設けられ、信号機による交通整理が行なわれていたが、附近は夜間のため暗かつた。
(ロ)南北車道には中心線があり、南行北行車道とも中心線から外側に順次第一、第二通行区分帯が設けられていた。
(ハ)被告黒田は被告車を運転して時速約四〇キロメートルで北行車道第二通行区分帯右寄りを北進中、右交差点の対面信号が青色を示しているのを認め交差点に進入したが、そのとたんすでに中心線をこえて西に向け横断歩行中の原告を右前方約二〇メートルに発見し、あわてて急ブレーキを踏んだがおよばず、横断を終わる寸前の原告に自車左前照燈附近を衝突させた。
(ニ)原告はかなり酒に酔つた状態で南北車道の横断歩道でない場所を横断していたが、被告車に衝突される直前までその接近に気づかなかつた。
以上の認定によると、被告黒田は前方を横断歩行中の原告をもつと早く発見できたことが明らかであり、その発見と同時に危険回避措置をとつていたならば、本件事故は避けられたと認められるので、本件事故発生につき被告黒田には、すくなくとも右前方不注視の過失があつたと認めるのが相当である。
二、原告の損害
(1) 受傷部位、程度
当初長原外科において左膝関節血腫で約一ケ月間の局所安静加療を要すると診断されたが、大阪掖済会病院等の診察で血腫のみならず骨折を伴つていることが判明し、事故当日から同年三月二〇日まで同病院に入院加療したのち、名古屋大学医学部付属病院分院に転医し左膝関節顆間隆起骨折と診断され、翌三九年四月三〇日ごろまで通院加療し経過良好であつたが、なお膝関節に軽度の傷害、疼痛を残していた。ところが昭和四〇年一一月ごろから悪化し、駿河台日本大学病院において左変形性膝関節症と診断され、以後通院加療し現在に至つているが、歩行には補助杖を使用する必要がある(乙二号証の七、二六、二七、原告本人尋問の結果)。
(2) 数額 合計 一、三二五、二四七円
(イ) 療養費 計 八七、四八二円
原告主張のとおり(甲一ないし七号証、原告本人尋問の結果)。
(ロ) 逸失利益 計 二三七、七六五円
A昭和三八年二月八日から翌三九年五月一一日まで休職分
原告主張のとおり。 二三七、七六五円
(甲八号証、証人鵜飼稔の証言、原告本人尋問の結果)
B昭和四一年三月二一日から二〇年間の分
原告本人尋問の結果によると、原告は昭和三九年五月一二日に復職したが、治療のためたびたび外出するので総務課長の職責を果たせぬため、昭和四一年三月三一日退職したというのであるが、原告の前記後遺症が右の職責を果たせぬほど重大であると認めるに足りる証拠はないし、外出が多いためその職責を果たせないのであれば、配置転換も考えられることであるから、原告の右退職による損害は、いまだ本件事故と相当因果関係にある損害と認めがたい。
(ハ) 精神的損害 一、〇〇〇、〇〇〇円
前記受傷部位、程度および後遺症その他諸般の事情を参酌した。
三、原告の過失(過失相殺二〇%)
すでに認定したように、原告は横断歩道が近くにあるのに横断歩道外をかなり酒に酔つた状態で附近の交通状況に注意を払うことなく横断歩行していたのであるから、本件事故発生については原告にも過失があつたというべく、原告のこの過失と被告黒田の前記過失の程度その他諸般の事情を参酌すると、被告両名が原告に対し賠償すべき額は、前記損害の八〇%にとどめるのが相当である。
四、結論
そうすると、被告両名は不真正連帯債務の関係で原告に対し、一、〇六〇、一九七円(以下切捨)およびこれに対する昭和四〇年七月二八日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告の本訴請求を右の限度で認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)